デイトナという名称
デイトナと呼ばれるこの時計の正式名称はコスモグラフデイトナ。コスモグラフという名称が示す通り、ロレックスにおけるクロノグラフカテゴリの役割を担う時計です。
1960年代前半の6238までは「デイトナ」という愛称は無く、文字盤にも「CHRONOGRAPH」と書かれているのみ。サブマリーナやGMTマスターなどとは違い、途中で名称変更された印象のあるモデルです。
サブマリーナは防水性、GMTマスターはGMT機能を売りとするモデルですが、ロレックスの場合基本的に1つの特徴に対して1つのシリーズという印象。そして、それはデビュー当初より名称が変わることは基本的にありません。耐磁機能を売りにしたミルガウスは最初からミルガウスですし、GMTマスターも最初から名称が変わりません。
デイトナは、クロノグラフというセグメントを担うモデルですが、途中で「デイトナ」という名前に変わった経緯のある特殊な例のモデルです。そのため、デイトナ以前より存在するクロノグラフについて、今では「プレデイトナ」などと呼ばれる傾向。特に、古いスポーツロレックスの場合、価値が付く傾向のため「プレデイトナ」という呼び名は、分かりやすくて良いと思います。
デイトナ、もう一つの特殊性
ロレックスといえば自動巻であり、それは1930年代のバブルバックでも1950年代のGMTマスターでも当然のように採用されている機構です。
今でも手巻きのロレックスは存在しますが、それはチェリーニに限っての話であり、オイスターシリーズでは手巻きのモノはありません。特にオイスターシリーズ、さらにはプロフェッショナルな用途を考慮したスポーツ系では自動巻の採用は当たり前と言っても良いでしょう。
しかし、デイトナに限っては長らく手巻きの機械が採用されており、自動巻となったのは1988年にデビューした16520からなのです。
そして、ロレックスはマニュファクチュールであり、特許の自社製機構やデイトジャスト機構など発明も多い印象です。
マニュファクチュールといえば、永久カレンダーやトゥールビヨンのような複雑機構モデルを用意するという印象が強いですが、ロレックスがこだわるのはあくまでも実用性。そのため、ロレックスはマニュファクチュールであるにもかかわらず、ラインナップするモデルのほとんどは3針というシンプルなもの。
2007年にデビューしたヨットマスター2以前においては、デイトナを除くとオイスター系はほぼ全てがシンプルな3針モデルであり、最も複雑な機構でも曜日小窓のデイデイト、もしくはGMT機能程度というシンプルさ。とはいえ、現在でも複雑機構を有するモデルはヨットマスター2とスカイドゥエラーしかなく、シンプル機械を中心としていることに変わりはありません。
そして、そんなロレックスの中で唯一長年に渡り、複雑な機械、すなわちクロノグラフ機構を採用しているのがデイトナなのです。さらに、デイトナの機械は2000年に116520が登場するまで自社製ではなく、他社製バルジュー72やエルプリメロといった機械が搭載されていたのです。
デイトナが人気モデルとなった経緯
デイトナという時計に対する価値
このように、ロレックスの中でかなり特殊な存在のデイトナですが、今ではその特殊性を完全に忘れさせるほどの看板モデルとなっています。
しかし、かつてデイトナはそこまで人気のロレックスではありませんでした。1994年頃まで定価以下で売られているのは珍しい光景ではありませんでしたし、古いモデルでも高値ということもありません。
それが、1995年頃から徐々にデイトナの価格が上昇。また、1998年に放送されたドラマ「ラブジェネレーション」でキムタクがエクスプローラをしていた、ということをきっかけとして、ロレックスブームが起こります。そして、このロレックスブームによりついにデイトナは定価の倍以上というプレミア価格で販売されても欲しい人がいるという人気モデルとなったのです。
この頃より、デイトナはずっと定価を上回る相場が続いており、それは20年間続いているということになります。
ブームの頃のデイトナ
このロレックスブームの頃に現行だったデイトナは16520。そしてその16520の定価は65万円(税別)でしたから、100万円以上という水準で売られているデイトナに対して「割高」と感じるのは自然なことです。
「ロレックスブーム」と当時も言われていたように、「ブーム」が終われば、値段が下がるはず。そのため、90年代後半という時期にデイトナを買うという行為は、本来より高い値段で買う行為以外の何者でもありませんでした。
しかし、その後もデイトナの価値は下がることはなく、むしろその頃より高くなっているという状況です。特に16520以前の手巻きモデルは、当時より“アンティーク”と呼ばれ200万円近い価格で売られていましたが、今となってはもっと高い水準です。
そのため、90年代後半において、アンティークの4桁リファレンスモデルを買っても、新品で16520を定価より高い価格で買っていたとしても、今となってはその頃より値上がりしているため、正解だったのです。
とはいえ、上記のように値上がりしたデイトナは、「新作」というわけではありません。確かに16520は現行モデルでしたが、その頃既にデビューから10年以上経過している状況。ロレックスの場合、新作としてデビューしたての時期は更に高くなる傾向があります。例えば、ロレックスブーム真っ只中の99年にデビューしたヨットマスターロレジウム16622はデビュー直後よりプレミア価格となり、それが2年程度続きました。けれども、それ以降は値下がりし定価を上回る相場になることはありません。
ですから、デイトナがいくら「高いと感じた時期に買っても結果的に正解」といっても、デビュー直後のモデルに対してそれが通用するか、というと別の可能性もあるのです。
前モデル116520の考察
最新モデルを買うということ
デビュー直後に最新モデルを買っても良いのか、その疑問こそ2016年にデビューしたばかりである、116510LNを買うかどうかということにもつながる問題です。そして、それに対する良い事例が、2000年にデビューした116520の値動きです。
2000年こそロレックスブームの真っ只中かつ、デイトナが定価を上回るプレミア価格となってから数年程度しか経っていない時代。そのため、その頃116520を買うということは“出たばかり”、“ブーム”というダブルの割高感があったのです。
この“ブーム”という懸念材料に関しては、現在の状況を見て分かる通り、今でもロレックスは大人気の腕時計。つまり、ロレックス人気は一時の現象という“ブーム”で終わらず、定着した現象となっているのです。
一方、“出たばかり”という要素に関しては、先のヨットマスターロレジウムのように、値下がりリスクがあることに変わりはありません。まして、116520の場合、デビューした時期もその後の時期も、ずっと腕時計人気が有るという状況。そのため、現行だった頃の大半をブームでない時期が占める16520とは異なり、116520の個体数は多い傾向です。
数が多いということは、需要と供給のバランスにおいて需要が供給を上回るというのが難しいことを意味します。デビュー当初に一気に需要が高くなり、その後は数が増えて『需要<供給』となってもおかしくありません。実際、116520における新品実勢価格は、2000年と2007年の比較では値下がり傾向です。2000年における116520黒文字盤の新品実勢価格は148万円程度ですが、2007年は同じ物が143万円程度。
2000年はロレックスブームですから、それから7年後に値下がりするというのは自然なようにも見えます。しかし、全体的な腕時計人気は2000年より2007年のほうが増しているという見方もできます。実際、サブマリーナやGMTマスターなどは2000年より2007年のほうが高くなっていますし、特にパテックフィリップに関しては2000年より明らかに2007年のほうが高い相場です。
そして、2005年頃より全体的な腕時計相場は高くなり2007年頃にピークを迎えたため、2000年と2007年の比較で2007年のほうが安いというのは、「デビューしたばかりだから高かった」という説明が最もだと感じます。
値下がり時代
その後、2008年に起こったリーマンショックにより、同年10月頃から腕時計は全体的に安くなります。それまで新品実勢価格が約140万円だった116520の白文字盤は、2010年には70万円台となりました。
新品が安くなると当然中古も安くなるため、その頃最も安いデイトナ116520は60万円台。ただし、黒文字盤に関しては白文字盤より相場が高かったため、中古でも70万円台が基本的な相場。そうすると、116520をデビューしたての2000年に買い、2010年に売却してしまったならば「価値が半分以下になる」という値下がりを体験したことになります。
実際、自分の時計が安くなった場合、「これ以上安くならないうちに売ってしまおう」という考えになるかもしれません。
相場回復
ロレックスは2012年12月のアベノミクス以降、相場が回復傾向となり、リーマンショック以前の相場までどんどんと復活していきました。そして、このデイトナ116520もそれまで中古で70万円台が当たり前だった状態から、110万円程度まで値上がりします。
しかし、この時点でも2000年における約148万円という新品実勢価格と比べると低い水準です。ですからこの場合、中古で購入した場合は値上がりでも、デビュー直後の時期に新品を買った場合は、値下がりとなるのです。
そのため、現在116510LNを新品で買うということは、値下がりになる覚悟で買う必要がある、ということになります。
116500LNに対する考察
116500LNの現状相場
しかし、このデイトナ116500LN、なんとデビューした2016年の新品価格より、その翌年である2017年の中古最安値(楽天)のほうが高いという現象が発生。つまり、今までの新品直後の事例とは異なる値動きとなっているのです。
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本記事の価格比較
腕時計 | 状態 | 期間 | 2016年10月 の安値(3社平均) |
2017年4月 の安値(楽天) |
変動額 | 残価率 |
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ロレックス
デイトナ 白文字盤 116500LN |
新品 | 0年 6ヶ月 |
¥1,949,333 | ¥1,950,000 | 667 | 100.03% |
その値動きの最も大きな要因こそ、トランプ政権の誕生です。デイトナやGMTマスターなどスポーツロレックスの多くは2016年8月から10月にかけて値下がり傾向。しかし、アメリカの大統領選挙でドナルドトランプ氏の勝利が決まった後は、相場が回復傾向なのです。
2016年3月のバーゼルでデビューした116510LNが実際市場に出回り始めたのは2016年8月頃のこと。つまり、この新型がデビューした時期は、たまたま相場が安い時期に重なったのです。そして、10月頃に116510LNは最も安い相場となり、そこから今にかけて新品実勢価格は値上がり傾向です。
新品が値上がりすると、中古も連動して値上がりします。そのため、2016年8月の新品実勢価格より2017年4月の中古最安値(楽天)のほうが高いという現象が起こっている訳です。
では116500LNは買いなのか
デビューした年より、翌年の中古価格のほうが高いと116500LNの特殊な現象は、上記のような理由を紐解いていくと、そこまでのお買い得感は無いようにも感じます。しかし、116520の例を再度詳しく見てみると、実はデビューしたばかりの時期に新品で買っても値上がり状態という事例も存在します。
その例こそ、116520の白文字盤の相場変遷であり、デビューした年である2000年の新品実勢価格約128万円に対して、2017年4月の中古最安値(楽天)が138万円。つまり、デビュー直後の高い時期における新品実勢価格から17年後の中古価格のほうが10万円も高いという現象が起きています。
白文字盤といえば最近は人気の文字盤として、黒文字盤より高い相場ですが、数年前までは黒文字盤より安いというのが当たり前。実際2000年における116520の相場は黒文字盤と白文字盤で20万円もの差がある状況。そして、その常識は最近まで続きました。2016年3月における116520の中古相場は、黒文字盤が115万円程度、白文字盤が110万円程度という水準。それが、2017年4月では白文字盤の最安値が黒文字盤より10万円程度高い状況に変化したのです。
もしも、相場を比較するのが2016年であれば、どんな条件でも“デビュー直後の新品実勢価格より十数年後の中古価格が高い”ということにはなりませんでした。けれども、今の条件においては、白文字盤の116520に限ってそれが当てはまるのです。
116520がデビューした当時「明らかに高い」という印象を受けたのは、その値段を目撃したほぼ全ての人に当てはまることだと思います。そして、その2000年の印象と、2016年にデビューした116500LNに対するものは同じだと言ってよいでしょう。
つまり、これだけ「割高」と感じ、買う条件としてはあまり良くないと感じても、実は買っても良かったということもあるのです。
勿論、2000年において白文字盤のデイトナを買い、それを2017年というタイミングで売るという行為は簡単ではありません。しかし、「割高」と感じる時期に買っても値上がりする事例がある、ということに価値があるわけで、“デビュー直後は割高”ということをステレオタイプ的に判断するのではなく、きちんと考えて買うという行為ができる立派なきっかけとなるわけです。
そして、デビュー直後の高い時期に新品で黒文字盤を買って、2010年頃の安い時期に売却したとしても実は半分程度の価値が残るという見方もできます。
つまり、116500LNを今買うということは、116520の過去事例を参考にするならば、半値になるリスクと値上がりする可能性があるという事になります。もちろん、これは2000年にデビューした116520の事例を元にした場合であり、116500LNの動きが116520と同じものになるとは限りません。
投資的観点で消費することが重要
買ったモノの価値が時間に関係なく半分も残り、値上がりすることもある。
こんな消費財は他にあるでしょうか。例えば新車で車を買った場合、5年後には5分の1以下になってもおかしくありません。当然、その後価格が回復することはなく、30年ほどたった後に“走行距離が少ない”という条件付きで若干値上がりする可能性がある程度です。つまり、クルマは使ったら高くなることは基本的にありません。
つまり、腕時計を買うということは、「モノを買う」という行為の中で最も価値が残りやすい部類。そして、それを買うときこそ、車を買うときに「下取り」ということを当たり前に考えるように、「いつかは売るかもしれない」と思って買うことこそ重要です。すると、出たばかりのデイトナを買うという超贅沢が、実は新車を買うより贅沢でない、という事が分かるのです。